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東近江ゆかりの作家紹介

野口謙蔵

 野口謙蔵は、終生、故郷の蒲生野の風景や人びとの暮らしを愛した洋画家です。

 明治34年、蒲生郡桜川村綺田(現在の東近江市綺田町)の江戸時代から続く近江商人の家に生まれ、東京美術学校(現在の東京芸術大学)で洋画を学びました。

 当時、多くの画家は、中央画壇の東京で活動し、芸術の都パリに留学する者も多くありましたが、謙蔵は「どうしてみんな、フランスに行きたがるのか、滋賀県にもこんなに見あきぬ美しい所がいくらでもあるのに」と語り、四季の美しい風景を見せる蒲生野の風物を描き続けました。

 一時、洋画を描くことに悩む時期もありましたが、その後、帝展・東光会展などで活躍し高い評価を得ます。しかし、昭和19年43歳の若さで亡くなります。
長寿は望めませんでしたが、蒲生野の風物や暮らしを題材とした秀作を数多く残しています。

三輪良平

 昭和4年(1929)、京都市に生まれる。昭和26年(1951)に京都市立美術専門学校の卒業と同時に、京都画壇の重鎮・山口華楊に師事し晨鳥社で研鑽を積みました。

 人物画を得意とし、舞妓や大原女などの日本の伝統的な清楚な女性像を好んで描く。特に舞妓や芸妓をモチーフとした作品は人気が高く、京都祇園の「都をどり」のポスターの原画も手がけ、華やかで美しく、柔らかな作風が愛されました。

 平成19年(2007)には、東近江市近江商人博物館で「日本画・三輪良平展」を開催し好評を得ました。
若いころから肺疾患や肝臓病などの病魔と闘いつつ、晩年まで、闘病とリハビリの中でも作品の制作に意欲を持ち続けましたが、平成23年(2011)4月20日81歳で逝去。

 同年とその翌年、ご遺族から東近江市に三輪良平作品を多数寄贈いただき、平成24年(2012)9月、近江商人博物館にて、「三輪良平回顧展」を開催しました。

北村富三

 明治36年(1903)4月3日、滋賀県神崎郡北五個荘村宮荘(現・東近江市宮荘町)に生まれます。父の正七は、近江商人塚本定右衛門家の塚本商社の小樽店を開拓した功労者です。

 大正15年(1926)、23歳の時、京都に出て文展、帝展で活躍。関西美術院幹事であり教授であった寺松国太郎の門下生となり、油彩画を基本から学びました。昭和3年(1928)、第9回帝展にて「笛の音」が初入選。その後、東京に出て、ヨーロッパ留学を終え、二科展で活躍していた安井曾太郎(1888-1955)に師事します。
師の安井は、「二科展覧会における北村君の画は堅実なる写実的作風を以て相当認められた」と評しました。

 戦禍厳しくなり、昭和20年(1945)、東京から滋賀県に一家疎開し、画家にとって世情は不幸な時代でしたが、昭和27年(1952)年に「長女の像」、翌年に「庭のばら」(絶筆)の力作を一水会に出品。その後、肺結核を進行し、昭和31年(1957)1月25日に八日市国立療養所で53歳の生涯を閉じました。

 生前、郷里の北五個荘小学校で個展を開催し、小学校をはじめ近隣の商家や診療所などには、北村富三の作品が飾られていました。